「画線法」と呼ぶらしい


日本には「正」という5画の漢字を使って数を数える習慣がある。

学級委員長を決める時・・・・・・ええっと後は・・・・・・とにかく色んな場合に「正」の字を使って我々は文字を数えている。

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しかしあなたは疑問に思ったことはないだろうか。
『なぜ「正」なのだろうか?』と。

学級委員長を決める時など、小さい頃から「正」の文字を何度も何度も書かせることで『いつも正しくあらねばならない』と脳に刷り込ませることが目的の、これは文部科学省の陰謀なのではないのか?と。

政府による洗脳―――このことが事実だとすれば由々しき事態である。

この事実が白日の下に晒された暁には子どもたちは一斉に悪に寝返り親たちは泣き叫び死者たちは蘇り囚人たちが脱獄する、阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。

そしてこのことをブログに書いてしまっているわたしは謎の「事故」に巻き込まれ社会から抹殺されるに違いない。知ってはいけない情報を知るとある日突然黒い車で跳ねられてしまう。そういうのを映画で観たことがある。

文科省の洗脳から解放されたい」という理由と、「」という理由から、「正」に代わる5画の漢字を調べてみた。全部で147文字くらいあった。


探してみよう~「正」に代わる5画の漢字


・「」・・・我々人間は現在実際に生きている生き物であるからして、この「生」は「正」よりは押しつけがましくない感じがある。ただ「生きろ。」的なもののけ姫的なメッセージを感じなくもない。

この世には『生きる』ということに否定的な考えを持っている人も少なくないのであって、そういう人たちに「生きろ。」というメッセージを押し付けるのは良くない。絶対に良くない。よって「生」を使うのはやや危険である。


・「」・・・政府の考えに反抗したいからといって「犯」を敢えて使うというのも違う気がした。『5画に見えない』『もっと画数が多いと思っていた』という意外さでピックアップしてみた。


・「」「」「」「」・・・「左」だと、どうして「右」ではダメなのか?という不公平性が出てくる。ちなみに右も5画である。「冬」は冬以外の季節には見ていたくない漢字だ。「兄」や「母」だと人々に無用なノスタルジー及びトラウマを呼び起こす可能性がある。


・「」・・・紛れもなく5画の漢字だが、とても紛らわしいことになってしまう。


・「」「」・・・江戸時代まで、画線法には「玉」の文字が使われていたらしく良さそうな感じだが、最後の点を書くのを忘れて「王」のまま次に行ってしまう可能性もあり危険だ。「丼」も同じく。


・「」「」「」・・・いずれも味わい深い漢字だが、人々に「想起」させてしまうということで政府からの「指導」が入りそうだ。


・「」・・・中途半端だ。


・「」・・・『エッジの効いた人生を送りたい』という人には辛いかもしれない。


・「」「」・・・そもそも書き順が分からず5画で書ける自信がない。「俺は一筆書きで書いちゃうぜ。へっへーい」というワイルドな人には適さないだろう。

同じ理由で「田」「目」「石」「占」なども「口」の部分を一筆書きで書いちゃうと画線法にならないので避けた方がよい。


わたしが選ぶベストオブ5画


色々考えてみたがどれも甲乙つけがたかった(ちなみに「甲」も5画)。

・特別な意味を持たない(押しつけがましくない)
・人々に何かのイメージを想起させない
・一目で「5画」と分かる


この辺を考慮して選んだベストオブ5画の漢字がこれだ。

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これです。一目で5画だと分かる。特段イメージも湧かない。どういう意味を持っているのかさえ分からない。そもそも「何と読むのか知らない」。

読み方が分からないというのは一番のネックだろう。学級委員長を決める時などに
じゃあ黒板にあの文字書いてー」と言わなければならない。

これは音読みだと「さ」。
訓読みだと「たちま(ち)」や「なが(ら)」という読み方になる。

(ち)などの送り仮名とセットが前提になっている漢字はあまりよくない。

「『さ』の字を書いて」と言われてこの文字がパッと浮かぶ人もいないだろうと思う

苦渋の決断だった

致し方ない。

次点で「」という字も良かった。これは「てい」とか「なぎさ」と読む。
5画だということがすぐに分かるし格好いいのだが、水辺恐怖症の人がいるかもしれないというところがネックになった。


色々な漢字を見過ぎてだんだん頭がおかしくなってきたし、そもそも「正」の字を使って何かを数えることは学級委員長を決める時以外に多分あんまりないし、大人は大人でエクセルとかを使って数を数えたらいいと思う。

たとえ『「正」の字がやっぱり一番いいよね』ということになって正を何度も書かなければならなくなったとしても政府の『正しくあれ(そして国に貢献しろ)』というメッセージなどを無視し、自分の意志で動ける強い人間になればいいと思う。


無垢な少女をダメにする政府~government~


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ちなみにわたしは小学校の時に一度だけ学級委員長に選出されたことがある。誇らしくもあったが、『力を持ってしまう』ということに対して恐ろしくなった。

あの時もっと学級委員長としての責任感を持ち、積極的に活動していれば、一人の反抗的な人間も生み出さぬ、清く正しいクラスに導けたのかもしれない。

あの時もっと頑張っていれば、正しい思想を持ち、正しい行動を取り、いずれは国に貢献できるような素晴らしい人間たちを育て上げられたのかもしれない……

わたしはまだ、オトナたちの刷り込みから自分を解放できていないようだ。


突然やってくる黒い車に注意しながら、このゴールデンウィークを――何も予定がなく暇すぎてこんなことを考えるしかやることがないゴールデンウィークを――過ごそうと思う・・・